年商1,000万に抑える、という選択について
独立して年商1,000万に抑える。
それを選ぶ人には、ちゃんと理由があると思っています。
例えば、
・一人で回せる規模にしたい
・家族との時間を優先したい
・体力的な負担を最小限にしたい
・これ以上、責任を背負いたくない
どれも、十分に理解できる理由です。
実際、飲食店経営は体力的にも精神的にも消耗しますし、
無理に数字を追わないという判断は、とても現実的だと思います。
だからこそ、年商1,000万に抑える経営を
「甘い」とか「逃げ」だとは、まったく思いません。
それも一つの経営の形だと思っています。
無理をしない、背伸びをしない、生活を優先する。
その判断を否定するつもりはありません。
ただ、自分にとっては選べなかった、というだけの話です。
借金をして店を構える、という意味

独立するにあたって、僕は借金をして店舗を構えました。
リスクを負い、覚悟を決めて、「この場所でやる」と腹を括った。
その時点で、
ある程度の数字を目指す前提に立っていたと思います。
もし最初から
・年商1,000万前後
・最低限の生活ができればいい
という考えなら、無理に独立する必要はなかった。
それなら、雇われとして働き、
安定した収入を得る選択も十分に合理的です。
「独立=自由」ではない

独立すると、自由になると言われがちです。
確かに、意思決定はすべて自分でできる。
でもその分、
結果の責任も、すべて自分に返ってきます。
借金を背負い、店を構え、
毎月の固定費を払い続ける以上、
「ほどほど」で止める覚悟のほうが、
実は難しい。
中途半端な数字は、一番心をすり減らします。
僕が目指したのは「最低限」ではなかった

年商1,000万が少ない、という話ではありません。
ただ、
・家族の生活
・将来への備え
・自分の体力の限界
・長く続けるための余裕
これらを考えたとき、
最低限の数字を目標にすることはできなかった。
ある程度の余白を持った経営でなければ、
結局どこかで無理が出る。
それは、これまで見てきた現実でもあります。
雇われでいい、という言葉の意味
「それなら、雇われでいい」
この言葉は、独立を軽く見ているわけではありません。
むしろ逆で、
独立とは、それほど重い選択だと思っています。
リスクを取らず、責任を限定し、
生活を安定させる。
それも、立派な選択です。
ただ、借金をして店を構えた以上、
僕はそこから一歩先を見たかった。
どこを目指すかは、人それぞれ

独立して、どこを目指すかは人それぞれです。
・年商1,000万で十分な人
・もう少し余裕を持ちたい人
・拡大を考える人
正解はありません。
大切なのは、
自分の選択を、自分で説明できるかどうか。
僕は、借金をして店を構えた以上、
「そこを目指さない」という選択はできなかった。
それだけの話です。
まとめ

年商1,000万に抑える経営も、
確かに一つの形。
でも、リスクを負って独立した以上、
僕はそこをゴールにはできなかった。
それなら、雇われで働くほうが、
よほど合理的だったと思っています。
独立とは、自由を選ぶことではなく、
生き方を選ぶことなのかもしれません。